これからも僕の駄文にお付き合いください

この日記、見てくれている人いますでしょうか?
……と、一抹の不安を感じたりしてみても、日記というものは結局、自分の身の回りに起きた些細な出来事やそれに伴う考えをつらつらと書き下すだけであって、
この文章に経済的価値などは存在するわけがなく、社会的価値すら微塵も感じられないモノなのであるから、
やっぱりここに書き記すモノは自己を満足させる文章しかないのである。
他人を気にするような、誰かに媚びを売るような文章は必要ないのだ。
欲を言えば、自己を満足させるだけでなく、他人をも満足させることができたら素晴らしいだろう。
また、書くことによって新たな自分を模索する、自分の知らない一面を発見する、といったこともできるのであれば、
このようなテキストを書くことは非常に楽しい作業になってくるのだろう。
とはいえ、ここで推量をしている時点で、自分は書くことに対してまだ本当の楽しさを感じる境地に到達していない事が明白である。あらやだ。
とまあそんなわけで、別にこんなこと書くつもりは無かったのに、なにかにとり憑かれたように自分の考えを書いてみました。
まあ、引越しがひとつのきっかけ、ということで。
しかし“駄文”とはよく言ったものだ。意味から響きから全てパーフェクト。パーフェクトで、駄目だ。