電車混雑問題で被害者ぶる人たち

タイトルは適当です。
JR、積雪予報に間引き運転を決行した結果がコレ - さまざまなめりっと
これを読んで。

今回のケースだと、天災への事前対策による電車混雑問題とでも呼べばいいのでしょうか。
これ、自分である程度回避できたはずなのに回避できなかった人たちが被害者ぶってて他人に責任をなすりつけてる構造だなーと感じてしまう。

自分は東日本大震災を経験して、計画停電の為に間引き運転すると宣言されたその翌週月曜の朝、最寄り駅に長蛇の列が出来上がっているのを目の当たりにして絶望したのを今でも覚えているのだれけど(結局その日は嫌気がさして会社に行かなかったあたりが自分のクズっぷりを感じ取れますが)、あのとき感じたのは、人間はいつも同じ日常生活が続くと信じ込んでいて、それが少しでも崩れるとたとえその原因が人災だろうが天災だろうが責任の所在を探し始めて、最終的になぜか自分の会社にではなく目の前にいる駅員にクレームを言ったりする生き物なのだということを思い知った。
それ以降、少しでも朝早くに出社するように心がけたり、ピーク時間を回避するよう調整したりしたことであのカオスな混雑に巻き込まれて嫌な思いをすることはかなり減ったので、いつもとは異なる、普段より悪い状況を想定して行動することでわりと回避できるものだと思う。
そもそも都心部の電車混雑問題は平常時から発生する問題なので、いわゆるピークオフ通勤で回避するしかないやんけ的発想の延長だったりするのですが。

そんなわけで今回のように天災に備えてとった対策によって、自分が被害を受けたときにその対策そのものを批判するのはおかしいのでは、というお話でした。(今回の場合は積雪の予想を大きく外した気象庁が謝罪しているけど、逆に予想以上の積雪にならなかっただけマシ)

参考

追記

ワロタwww
天災と国防 (講談社学術文庫)

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